重箱のおすみつき

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重力波の初観測論文入門(前編)

重力波」、GW(Gravitational wave) という単語を聞いたことがありますか?

重力波とは時空の歪みの波、時空のさざ波と表現されます。

2016年のノーベル物理学賞をきっかけに知る人も増えたかもしれません。

今回は重力波の初観測論文を使って、重力波入門的な記事を書いてみたいと思います。

journals.aps.org

本記事の対象読者は、

  • 重力波に興味がある人
  • 大学で重力波を研究してみたい人
  • 論文読みに挑戦してみたい人

等、読者を選ぶ記事になりますが、ご承知おきください。

この記事を重力波の勉強の取っ掛かりにしてもえるとうれしいです。

この投稿では、論文の前半について触れます。後半はこちら

目次

論文

ここから先を読もうとしている方は「物理学」、「重力波」にある程度、耐性がある方かとお見受けします。

ところで、重力波の初観測論文ってどんなものか見たことがありますか?

では見てみましょう。

以下のリンクはPhysical Review という物理学専門の学術雑誌に掲載されている重力波の初検出論文のリンクです。

https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.116.061102

タイトルは 「Observation of Gravitational Waves from a Binary Black Hole Merger」。

通常、学術雑誌の論文を読むためにはお金がかかりますが、上記の論文は無料で公開されています。

リンクをクリックしてみましょう。リンク先は英語ですが、怖気づくことはありません。

クリックすると、図1のような画面が開きます。

PDFボタンをクリックして、いざ!論文をダウンロードしましょう。

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図1:重力波の初観測論文が掲載されているサイト:Physical Review

概要

論文を読むときは、まずAbstract、つまり論文の概要を読みます。次に、図や表を見て、内容のイメージが湧いたら本文を読んでいくのが良さそうです。 人によっては、先に図や表を見る場合もあるようです。

ということで、Abstractに何が書いてあるか見てみましょう。

英語で書かれていますね...当然か...

入門記事なので概要だけ日本語訳してみました。英語でも読める方はダウンロードした論文の1ページ目のAbstract欄を読んでみてください。

Abstract

協定世界時の2015年9月14日 09:50:45*1LIGOの2つの検出器が同時刻にトランジェントな重力波信号を検出した*2

この信号の周波数は\(35 ~\mathrm{Hz} \)から\( 250 ~\mathrm{Hz} \)にかけて上昇し、最大振幅は\(1.0 \times 10^{-21}\) であった。

2つのブラックホールが互いの周りをまわり、近づいていくインスパイラル期、合体するマージャー期、合体して1つのブラックホールとなったリングダウン期を一般相対性理論で予言した波形と検出した信号が一致した。

この信号はマッチトフィルターで計算した信号雑音比が24で、誤り検出頻度が203000年に一度以下と見積もられた。これは有意水準が\(5.1 σ \) 超であることと同義である。

この重力波源は光度距離にして \( 410^{+160}_{-180} ~\mathrm{Mpc} \) に位置しており、 赤方偏移にして \( z=0.09^{+0.03}_{-0.04} \) であった。

重力波源の静止系において、合体前の*3 ブラックホールの質量は\( 36^{+5}_{-4} M_{\odot} \) と \(29^{+4}_{-4} M_{\odot}\)*4 であった。

そして、合体後は\( 62^{+4}_{-4} M_{\odot} \) になり、残りの\( 3.0^{+0.5}_{-0.5} M_{\odot} c^2 \) のエネルギーは重力波によって放出された。

全ての不定性は90%信用区間で定義されている。

この観測は恒星質量*5の連星ブラックホール*6が存在することを実証した。

これは重力波の初検出であり、連星ブラックホールの初観測である。

論文の本文

概要で論文の内容はイメージできましたか?

以降では、みなさんに本文を読んでいただいて、 以下の設問に回答しながら論文に慣れてもらおうと思います。

採点機能はありません。念のため。

ブラウザの別ウィンドウでPDFを開いておくか、 論文を印刷しておくと、問題を解きやすいと思います。

I. INTRODUCTION

  1. 1916年に、一般相対性理論*7の定式化後にアインシュタインさんが予言したのは何でしょうか。

    答え 重力波(の存在)

  2. 予言された重力波の伝搬速度はいくらでしょうか。

    答え 光速、つまり299792458 m/s

  3. 精確な重力波波形の計算に寄与したブレイクスルーは何だったでしょうか。

    答え 数値相対論=一般相対性理論の方程式をコンピュータで解く分野

  4. 重力波観測以前、電磁波で観測できていたのは以下のどちらでしょうか。

    1. ブラックホール候補天体
    2. ブラックホールの合体
      答え 1が正解、2が重力波によって観測された現象。
  5. 重力波の振幅と位相を観測することが、動的な強重力場における相対論の検証に役立つと気づくきっかけになった発見とは何だったでしょうか。

    答え ハルス・テイラーによってPSR B1913+16の連星パルサーが発見された。 この連星の軌道進化(軌道間距離の時間変化など)が重力波によるエネルギーロスで説明できるとわかったこと。

  6. 重力波観測実験のはじまりはウェーバーさんのどのような実験だったでしょうか。

    答え 共鳴(共振)型検出器

    重力波信号は非常に微弱で、アインシュタインさんも検出できるとは思っていなかった。

    ウェーバーさんの重力波検出は、性能がおよばず成功しなかったが、人々を重力波実験に焚きつけることとなった。そして、それは今日の重力波観測に繋がっている。

  7. レーザー干渉計型の重力波検出器として、これまで作られた検出器を挙げてみましょう。

    答え

    1. 日本:TAMA300、KAGRA
    2. ドイツ:GEO600
    3. アメリカ:LIGO、Advanced LIGO
    4. イタリア:Virgo、Advanced Virgo

    将来計画として、LIGO India、Einstein Telescope、LISA、DECIGO等がある。

  8. 重力波の存在が予言されてから、何年越しに直接観測がなされたでしょうか。

    答え 100年、1916年から2016年まで。

II. OBSERVATION

  1. LIGOによって初観測された重力波イベントは何と呼ばれているでしょうか。

    答え GW150914

    Gravitational Wave の頭文字をとってGW、観測された年月日から150914となっている。

  2. 重力波を検出した検出器の名前を2つ挙げましょう。

    答え LIGO Livingston @ロサンゼルス

    LIGO Hanford @ワシントン

  3. 重力波が検出された日時はいつでしょうか。

    答え September 14, 2015 at 09:50:45 UTC

  4. 論文のFIG.1は検出された重力波の信号を取り出したものです。

    1. 特定の周波数の範囲をバンドパスしていますが、その範囲は何Hzから何Hzでしょうか。

      答え 35 Hzから350 Hz

    2. 論文のFIG.1は4行2列の形で示されているが、各行の図が意味するものは何でしょうか。

      答え 左の列はHanford検出器のデータ、右の列はLivingston検出器のデータを表している。

      1行目:測定データを時空の歪み相当の量に変換した時系列信号

      2行目:解析結果から得られた重力波源のパラメータの値を元に、数値相対論で生成した重力波波形と、波形モデルを用いて再構成した重力波波形

      3行目:(1行目の時系列データ)ー(2行目のNumerical relativityのデータ)

      4行目:時間-周波数平面に信号を展開した図、スペクトログラムとも呼ぶ

    3. 重力波の振幅のオーダーはいくらでしょうか。時系列信号の縦軸から読み取りましょう。

      答え \( O(10^{-21}) \) ※単位は無次元であることに注意

    4. 時系列信号の0.40 s付近の周波数を、時系列波形からおおまかに計算してみましょう。

      答え(というか計算例) 時間-周波数に展開した図(FIG.1の4行目の図)に注目すると、時系列信号の1周期よりも短い時間で周波数がどんどん変化しています。

      そこで、0.40 s付近の4分の1周期だけ取り出して、周波数を概算してみます。

      論文のFIG.1を元に図2を作成しました。

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      図2:重力波信号の周波数の概算。論文のFIG.1を元に作図。

      0.04 s付近に定規を置いて、0.10秒間を100等分しました。

      すると、1/4周期はだいたい4目盛り分くらいでした。

      4目盛りということは、1/4周期 \(= T/4\) が $$ \frac{T}{4} = \frac{0.45 ~\mathrm{s} - 0.35 ~\mathrm{s}}{100 目盛り} \times 4 目盛り = 0.004 ~\mathrm{s} $$ となります。周波数は周期の逆数なので、 $$ f = \frac{1}{T} = 62.5 ~\mathrm{Hz} $$ が得られました。

      FIG.1の4行目の図と見比べて、60数Hzの値が得られているので、概算としては合格でしょう。

    5. 時間-周波数領域に展開した信号から、連星ブラックホール合体重力波の特徴を調べましょう。

      答え 時間が経過するにつれて、信号の周波数が大きくなる。これをチャープ信号とも呼ぶ。

  5. 重力波解析パイプラインには、generic transient searchとCBC searchがありますが、先に検出したのはどちらだったでしょうか。

    答え Generic transient searchが先に検出。*8

  6. 重力波が、2台の検出器間を伝搬するのにかかった時間はどれくらいでしょうか。

    答え 本文中には10 ms以内と記載、FIG.1のキャプションには具体的に\(6.9^{+0.5}_{-0.4} ~\mathrm{ms}\) と記載。

  7. 重力波の到来方向を決定するためには何を用いるでしょうか。

    答え 三角測量の原理を用いるため、各検出器に重力波が到来した時間差を使う。

    より正確には、検出器の3次元的な向きの情報も加えて到来方向を推定する。

    気になる方は「重力波検出器 アンテナパターン」とかで検索。

  8. 初検出された重力波を放射した天体現象は何でしょうか。

    答え 2つのブラックホールの合体(インスパイラル、マージャー、リングダウン)

  9. 重力波振幅が最大になるまでに、35 Hzから150 Hzの間を何サイクルしているか。

    答え 8サイクル

  10. インスパイラル期の連星進化を特徴づける物理量は何でしょうか。

    答え チャープ質量、chirp mass \( \mathcal{M} \)。*9

    $$ \begin{aligned} \mathcal{M} &= \frac{(m_1 m_2)^{3/5}}{(m_1 + m_2)^{1/5}} \\ &= \frac{c^3}{G} \left[ \frac{5}{96} \pi^{-8/3} f(t)^{-11/3} \dot{f}(t) \right]^{3/5} \end{aligned} $$

    チャープ質量が連星の各質量\( m_1, m_2\) に依存する一方で、

    ある時刻\(t\)における信号の周波数\(f(t)\)と周波数の時間変化(時間微分)\(\dot{f}(t)\)を用いても値を求めることができる。

    これこそが、チャープ質量が重力波波形を特徴づける物理量である所以である。

  11. 連星のチャープ質量が\( \mathcal{M} \simeq 30 M_{\odot} \)である場合、連星の全質量\(M\)はいくら以上といえるでしょうか。

    答え \(M \gtrsim 70 M_{\odot}\)

  12. (発展)どのような計算によって、そのように言えるのでしょうか。

    答え チャープ質量 \( \mathcal{M}\)を全質量 \(M\)と質量比 \( q = m_1 / m_2 \) で表すと、

    $$ \begin{aligned} \mathcal{M} &= \frac{(m_1 m_2)^{3/5}}{(m_1 + m_2)^{1/5}} \\ &= (m_1 + m_2) \frac{(m_1 m_2)^{3/5}}{(m_1 + m_2)^{6/5}} \\ &= (m_1 + m_2) \left[ \frac{m_1 m_2}{(m_1 + m_2)^{2}} \right]^{3/5} \\ &= (m_1 + m_2) \left[ \frac{m_1 / m_2}{(1 + m_1 / m_2)^{2}} \right]^{3/5} \\ &= M \left[ \frac{q}{(1 + q)^{2}} \right]^{3/5} \end{aligned} $$
    と表せる。

    質量比の部分、\( \left[ \cfrac{q}{(1 + q)^{2}} \right]^{3/5} \)をプロットすると図4のようになる。

    f:id:jab_a_corner:20210509011616p:plain
    図3:式の質量比の部分。\( [ q/(1+q^2) ]^{3/5} \)

    \( \left[ \cfrac{q}{(1 + q)^{2}} \right]^{3/5} \) は \( q = 1 \)、つまり等質量\( m_1 = m_2 \)で極大値 0.435をとる。

    よって、チャープ質量\( \mathcal{M}\)と全質量\(M\)は

    $$ \mathcal{M} \leq 0.435 M $$

    という関係にある。

    \( \mathcal{M} \simeq 30 M_{\odot} \)とすると、

    $$ M \gtrsim 70 M_{\odot} $$

    を得る。

  13. 重力波の発生源となった天体が連星中性子星ブラックホール中性子星連星でない理由はなんでしょうか。

    答え 観測されたチャープ質量、全質量を説明できないため。

    (解説)

    連星が合体するまでに周波数は150Hzまで上昇している。

    連星から放射される重力波の周波数は、軌道周波数の2倍である。

    よって、連星合体の直前は軌道周波数が75 Hzに達していた。

    ケプラーの第3法則を用いると、軌道周波数から2つの天体間の距離 \( a \)を求めることができる。

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    図4:連星の天体間の距離\(a \)

    $$ a = \left[ \left( \frac{1}{75 ~\mathrm{Hz}} \right)^{2} \frac{G M}{4 \pi^{2}} \right]^{1/3} \simeq 350 ~\mathrm{km}$$

    ここで、\(G\) は万有引力定数で\(G=6.674 \times 10^{-11} ~\mathrm{ m^3 kg^{-1} s^{-2} } \)*10

    連星の全質量\(M\)は\(M = 70 M_{\odot} \) として計算した。*11

    • 連星中性子星*12でない理由

      中性子星の質量はせいぜい\(2M_{\odot}\)のため、全質量は\(4M_{\odot}\)程度にしかならない。

      これは全質量\( M \gtrsim 70 M_{\odot}\) を満たさないため、GW150914は連星中性子星ではない。

    • ブラックホール中性子星連星でない理由

      ブラックホールの質量を\( m_1 \)、

      中性子星の質量を典型的な質量として、\( m_2 = 1.4 M_{\odot} \)とする。

      また、チャープ質量を観測値より、\( \mathcal{M} = 30 M_{\odot} \)とする。

      このとき、チャープ質量の計算式を用いると、ブラックホールの質量\( m_1 \)は、およそ \( 2970 M_{\odot} \)となる。

      すると、ブラックホールのシュワルツシルト半径が\( 9000 ~\mathrm{km}\) ほどになり、軌道周波数が75 Hzになる前に、もっと低周波数で合体することになる。

      これは観測と一致しないため、GW150914は ブラックホール中性子星連星ではない。

  14. 論文のFIG.2は、解析で得られたGW150914の連星ブラックホールのパラメータを元に、ハンフォード検出器で観測されるであろう波形を描いたものです。

    1. FIG.1の2行目の図も一般相対性理論を用いて計算したGW150914の波形ですが、FIG.2とは何が違うでしょうか。

      答え バンドパスフィルタがかかっていない。

    2. FIG.2の下図を見て、連星が合体する直前の連星同士の相対速度が光速のおよそ何%になっているでしょうか。

      答え 相対速度がおよそ60%に達している。

おわりに

重力波の初観測論文であるGW150914の論文の前半部分を問題文にしてみました。

質問や間違い箇所の指摘など歓迎しております。

*1:日本時間(JST)の9月14日18:50:45

*2:トランジェント(transient)は瞬間的なという意味です。これは、ほんの一瞬だけ重力波が信号として検出されることを意味します。しばしば、"トランジェントな重力波"という使われ方をするのでそのまま書いています。

*3:"合体前"とは連星の合体"直前"ではなく、十分に前ということ。

*4: \( M_{\odot} \) は太陽の質量を表します。天体の質量を考えるときは太陽質量を単位として、太陽質量の何倍であるか考えることが多いです。

*5:恒星質量は太陽質量の数倍から数十倍の質量という感覚です。

*6:「連星ブラックホール」はブラックホールブラックホールの連星のみを意味します。一方で、「ブラックホール連星」はブラックホールと「何かの天体」との連星を意味します。「何かの天体」はブラックホールでも良いですが、中性子星白色矮星、恒星などもあり得ます。

*7:一般相対性理論を単に相対論と呼ぶ業界があるとかないとか

*8:常にこちらの方が性能が良いとは限りません。また、解析パイプラインは様々あります。

*9:この花文字(?)のMをLaTexで書くときは \mathcal{M} と書く。

*10:参照元 CODATA ※2021年5月現在

*11: 太陽質量、\(M_{\odot} \)は 1.988 x 1030 kg、参照元Particle Data Group の Astrophysical Constant

*12:中性子星中性子星の連星のこと。