重箱のおすみつき

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柔道の体重別階級はなぜ中途半端な区切りなのか

電車に乗ってると、いろんな広告が垂れ下がっていたり、壁に貼り付いていたりしますよね。 今は、壁にモニターが埋め込まれていて、そこに広告を流すという方式もあります。

近頃は、電車内広告でオリンピック競技の紹介をしていたりするんですが、ふと気になったことがありまして、それがこの記事のタイトルの

「柔道の体重別階級はなぜ中途半端な区切りなのか」

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です。

目次

そもそも体重別階級制というのは、対戦者間の体重差によるハンデ(ハンディキャップ)を小さくしよう、という発想から導入されたものですね。

本当にハンデを無くそうと思えば、完全に同じ体重の人同士で組むしかありませんが、それは現実的ではないので、ある程度の体重幅で階級を区切る訳です。

体重別階級制を採用している競技は、 ウィキペディアさん によると、柔道、ボクシング、重量挙げ、綱引き、等、色々あります。

その中でも、柔道の階級は次のように分けられています。(2020年5月現在)

表1:柔道の体重別階級

男子 女子
超軽量級 60 kg以下 48 kg以下
軽軽量級 60 kg超~66 kg以下 48 kg超~ 52 kg以下
軽量級 66 kg超~73 kg以下 52 kg超~57 kg以下
軽中量級 73 kg超~81 kg以下 57 kg超~63 kg以下
中量級 81 kg超~90 kg以下 63 kg超~70 kg以下
軽重量級 90 kg超~100 kg以下 70 kg超~78 kg以下
重量級 100 kg超 78 kg超

参考:【柔道チャンネル】国際柔道連盟が主催する大会の階級について

参考:柔道の階級の体重分け方一覧[男子・女子別]無差別級は?

素人からすると、 「なぜこんな中途半端な数字にしたんだ?」 と思ってしまいます。

それで、「柔道 階級 なぜ」で検索すると、結構すぐに答えに辿り着きます。

その答えは、

男子の場合は、60 kgを基準として、6 kg足して66 kg、次は7 kg足して73 kg、次は8 kg足して81 kg、、、というように、階級が上がる毎に足し算する体重が1 kgずつ増えるという方式になっています。

女子も同様に、48 kg級から4 kg増え、5 kg増え、6 kg増え、、、という方式になっています。

このようにしている理由は、 NHKの取材によると、

日本の柔道ルールを策定している講道館

「体重差を考慮して調整した結果、階差数列という仕組みになった。」

記事:NHKスポーツ

とのことです。

...と言われても、本当に階級ごとのハンディキャップの格差を小さく出来ているのか?

柔道の階級の分け方は妥当なのか

実は今回の本題はこれからです。

「なんとなく妥当なのかなー」 というところに、物理と数学で切り込んで、その妥当性を評価します。

評価したいのは、階級ごとのハンデの格差はどれくらいか、ということです。

ハンデの定義*1

ハンディキャップを定義します。

階級の分け方の妥当性を評価するためには、 ハンディキャップとは何だろう、どう解釈しよう、というところからスタートします。

「柔よく剛を制す」というように、体重差だけで単純に強い弱いを判断出来ないのは重々承知です。

しかし、今回は体重差による有利不利だけに焦点を当てたいので、 えいや!と、次の状況を考えます。

  1. 2つの物体が同じ速さで正面衝突する。
  2. 衝突後は互いに跳ね返る。

そして、衝突後の2つの物体の速さの比をハンディキャップとみなします。

例えば、等質量(体重が同じ)の場合は、同じ速さで跳ね返るので速さの比は1となり、この状況をハンデなし(対等)とみなします。 速さの比が1からずれるにつれて、ハンデが大きくなると解釈しましょう。

ところで唐突に、人間が"物体"と呼ばれたり、罪も無いのに正面衝突させられたり、と面食らうかもしれません。 これは、「体重差による有利不利」にのみ焦点を当てるため、複雑な要因はとりあえず排除しよう、という考えによるものです。簡単化とも言います。 例えば、今回は空気抵抗や、踏ん張りによる抵抗なんかも、あえて考慮しません。

よって、"人間"の形をしている必要はなく、質量を持った物体(あるいは点粒子)とみなします。(文字に起こすと少し怖い)

それから、衝突前はハンデがないように(ハンデの定義は衝突後の速さの比ですが...)、同じ速さで衝突する設定にしました。

もちろん、この定義の仕方が妥当なのか、 という意見もあるかと思いますので、その場合はコメントをお願いします。

衝突後の速さの比(ハンデ)

では、実際に方程式を解きます。

何を使うかというと、

  • 運動量保存則
  • エネルギー保存則

です。有名な保存則ですね。

先ほどの正面衝突の状況設定を数式に落とし込むために、物体の質量や速度を記号で表します。

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図1:衝突前の2物体

物体1

  • 質量 \(m_1 \)
  • 衝突前の速度 \(v\)
  • 衝突後の速度 \(v_1 \)

物体2

  • 質量 \( m_2 \)
  • 衝突前の速度 \( -v \)
  • 衝突後の速度 \( v_2 \)

これらを用いて、

運動量保存則

$$ m_1 v + m_2(-v) =m_1 v_1 + m_2 v_2 $$

エネルギー保存則

$$ \frac{1}{2} m_1 v^{2} + \frac{1}{2} m_2 v^{2} = \frac{1}{2} m_1 v_1^{2} + \frac{1}{2} m_1 v_2^{2} $$

と式を立てます。

式について軽く説明しますと、

 左辺は衝突前の2つの物体の運動量 or 運動エネルギーの和で、

 右辺は衝突後の2つの物体の運動量 or 運動エネルギーの和を表します。

保存則なので、それらの値が保存する、すなわちイコールであるということです。

さて、これらの式から何が知りたいかと言うと、

ハンディキャップの大きさは、2者間の体重差にどう関係するか

です。 言い換えると、

衝突後の2つの物体の速さの比、\( \left| \dfrac{v_1}{v_2} \right| \) が、質量 \( m_1, m_2 \)にどう依存するか

となります。

運動量保存則とエネルギー保存則を式変形して、代入し、\(v \)を消去することにより、登場人物が\(m_1, m_2, v_1, v_2 \)となるので、結果、この式から知りたいものが計算できます。

具体的な計算

まずは、運動量保存則の式を変形し、\( v \) について解きます。

$$ v = \dfrac{m_1 v_1 + m_2 v_2}{m_1 - m_2} $$

これをエネルギー保存則の式に代入します。

$$ \begin{aligned} &\frac{1}{2} (m_1 + m_2) \frac{ (m_1 v_1)^{2} + 2 m_1 m_2 v_1 v_2 + (m_2 v_2)^{2} }{ (m_1 - m_2)^{2} } \\ &= \frac{1}{2} m_1 v_1^{2} + \frac{1}{2} m_1 v_2^{2} \end{aligned} $$

これを式変形して、

$$ \begin{aligned} &m_1 (v_1 + v_2) (3 v_1 - v_2) \\ &+ m_2 (v_1 + v_2) (3 v_2 - v_1) = 0 \end{aligned} $$

となります*2。 \( (v_1 + v_2) \) は、等質量(体重が同じ)の場合にゼロとなりますが、それ以外の場合は非ゼロです。よって、割り算できます。 その後、これを\( \dfrac{v_1}{v_2} =\cdots \ \) の形にすると、

$$ \dfrac{v_1}{v_2} = \dfrac{m_1 - 3 m_2}{3 m_1 - m_2} $$

となります。絶対値を取って、

$$ \left| \dfrac{v_1}{v_2} \right| = \left| \dfrac{m_1 - 3 m_2}{3 m_1 - m_2} \right| $$

となります。

もうひと手間加えて、質量差を

$$ \Delta m=m_1-m_2 \quad (m_1 > m_2) $$

で表現すると、

$$ \left| \dfrac{v_1}{v_2} \right| = \dfrac{2 m_2 - \Delta m}{2 m_2 +3 \Delta m } $$

これで、速さの比を計算する式を得ました。

階級の上限と下限の体重差のハンデ

前節でハンデの表現方法を決めました。

次は、「階級の区切り方が適切なハンデ設定になっているのか」を評価したいと思います。

これを評価するために、先ほどの2つの物体の質量に、階級の上限値と下限値を設定して計算してみます*3。ただし、一番下と上の階級は除きます。 上限値と下限値の組み合わせは、ある階級におけるハンデが最大となる設定なので、判断指標としては妥当かと思います。

ここで、具体的な数字を代入して計算しても良いのですが、もう少し数学をしましょう。

前述の通り、柔道男子の階級を数列と見たとき、階差数列が{6, 7, 8, 9, 10}となっているため、うまいこと数式で表現できます。

$$ \begin{alignedat}{2} a_n &= \{60, 66, 73, 81, 90, 100\}& \quad &(n=0,1,2,3,4,5) \\ b_n &= \{6, 7, 8, 9, 10 \}& &(n=0,1,2,3,4) \end{alignedat} $$

としたとき、階差数列は

$$ b_n= 6 + n \quad (n=0,1,2,3,4) $$

となるので、少々冗長に書いて、

$$ \begin{aligned} a_n &= a_{n-1} + b_{n-1} \\ &= a_{n-1} + 6 + (n-1) \\ &= a_{n-2} + 6 + (n-1) + 6 + (n-2) \\ &\ \ \vdots \\ &=a_0 + 6 + \cdots + 6 + (n-1) + \cdots + 1 + 0 \\ &=60 + 6n + \dfrac{n(n-1)}{2} \end{aligned} $$

となります。

ある階級の上限を\(m_1 \)、下限を\(m_2 \) とした時、それぞれ

$$ \begin{aligned} m_1 &= a_{n+1} \\ m_2 &= a_n \end{aligned} $$

と表現できます。 さらに、\(\Delta m=m_1-m_2 \) は、そのまま階差数列で

$$ \Delta m=b_n $$

と表現できます。 これらをハンデの定義式に代入すると、

$$ \begin{aligned} \left| \dfrac{v_1}{v_2} \right| &= \dfrac{2 m_2 - \Delta m}{2 m_2 +3 \Delta m } \\ &= \dfrac{n^2 + 10 n + 114}{n^2 + 14n + 138} \quad (n=0,1,2,3,4) \end{aligned} $$

となります。

ハンデの実態が明らかに

数式が得られたので、さっそく描いてみましょう。

プロットツールはいろいろありますが、手っ取り早いのはグーグル検索窓ですね*4。 今回は Gnuplot で書きました。図2にプロット結果を示します。

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図2:柔道の体重別階級ごとのハンディキャップ

横軸は \(n = 0,1,2,3,4 \) で値を持ち、表2に示すように、それぞれ階級に該当します。その間の値は未定義ですが、値の変化が分かりやすいように点線を描いてみました。縦軸は速さの比で、今回、ハンデとして定義した量です。

表2:体重別階級ごとのハンデ

\(n \) 階級 \(|v_1/v_2| \)
0 60 kg ~ 66 kg 0.8261
1 66 kg ~ 73 kg 0.8170
2 73 kg ~ 81 kg 0.8118
3 81 kg ~ 90 kg 0.8095
4 90 kg ~ 100 kg 0.8095

ある階級の上限と下限でハンデを計算しているので、ハンデなし( \(|v_1/v_2|=1 \))にはならないとして、 計算結果はどの階級でもおおよそ0.8となりました。また、\(n = 3,4 \) については全く同じ値となりました。

ハンデの階級格差は 0.8261 から 0.8095 まで広がりがあり、相対的な格差を計算すると、

$$ \frac{0.8261-0.8095}{0.8261} = 0.02 = 2\% $$

となりました。

...結局良いの?悪いの?

0.8 という数字は良いのか?悪いのか?図2のグラフからどの階級でもおおよそ0.8と言ってよいのか? ハンデの階級格差が2%というのは大きいのか?小さいのか? など、せっかく計算したものの判断に困ります。

対抗馬が必要ですね。 という事で、シンプルな発想で、体重が60 kg から 10 kgずつ増えていく階級を考え、 同様の計算をしてみましょう。 同様の計算と言っても、"秒"で終わります。

\( a_n, b_n \) はそれぞれ、

$$ \begin{alignedat}{2} a_n &= 60 + 10 n & \quad &(n=0,1,2,3,4) \\ b_n &= 10 & &(n=0,1,2,3) \end{alignedat} $$

と表現出来るので(簡単でしょ?)、ハンデの定義式に代入して、

$$ \begin{aligned} \left| \dfrac{v_1}{v_2} \right| &= \dfrac{2 m_2 - \Delta m}{2 m_2 +3 \Delta m } \\ &= \dfrac{2 n + 11}{ 2 n + 15} \quad (n=0,1,2,3) \end{aligned} $$

となります。

こちらも同時にグラフを描いて比較してみましょう。図3に、先ほどの結果と今回のシンプルな体重別階級の場合の計算結果を示します。赤い点が柔道の階級の場合で、青い点がシンプルな階級の場合の結果です。

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図3:シンプルな体重別階級の場合のハンディキャップ

横軸は \(n = 0,1,2,3 \) で値を持ち、表2に示すように、それぞれ階級に該当します。\(n = 3 \) では、偶然にも、先ほどの結果の\(n=3,4 \)の値と一致しました*5

表3:体重別階級ごとのハンデ(シンプルな体重別階級の場合)

\(n \) 階級 \(|v_1/v_2| \)
0 60 kg ~ 70 kg 0.7333
1 70 kg ~ 80 kg 0.7647
2 80 kg ~ 90 kg 0.7895
3 90 kg ~ 100 kg 0.8095

グラフを見ると、対抗馬であるシンプルな階級制の場合は、体重が軽い階級でハンデが大きく(1からのずれが大きく)なっています。

ハンデの階級格差は 0.7333 から 0.8095 まで広がりがあり、相対的な格差を計算すると、

$$ \frac{0.7333-0.8095}{0.7333} = -0.10 = -10\% $$

となり、これは現行の階級制よりもハンデの格差が大きいことを意味しています。

結論

現行の柔道の階級制では、階級ごとのハンデの格差は2%である。 一方で、対抗馬の"10 kgずつ増量する方式"では、階級ごとのハンデの格差が10%となり、また軽い階級ほど大きなハンデが生まれる事になりました。

よって、現行方式を採用することで、軽量級における体重差ハンデが顕著にならないように出来ているといえます。

柔道女子の階級での計算結果も同様なグラフになりました。具体的には、皆さんで計算してみてください。

おまけ

今回は、物理量を用いてハンデを考えてみたわけですが、もっと簡単に考える方法もあります。

それは、各階級の典型的な体重とその階級の体重の幅の比を取ることです。今回でてきた値を使うと、 \( \dfrac{\Delta m}{m_2} \) と表せます。 これは、階級の下限値の体重と、その階級の体重の幅の比です。

現行の柔道の階級の場合で計算してみると、

$$ \begin{aligned} \dfrac{\Delta m}{m_2} &= \dfrac{b_n}{a_n} \\ &= \dfrac{6 +n}{60 + 6(n+1) + \dfrac{n(n+1)}{2}} \end{aligned} $$

となります。 さらに、シンプルな階級の場合で計算してみると、

$$ \dfrac{\Delta m}{m_2} = \dfrac{b_n}{a_n} = \dfrac{10}{60 + 10 n} $$

となります。これらをプロットしてみると、図4のようになります。 赤い点が柔道の階級の場合で、青い点がシンプルな階級の場合の結果です。

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図4:階級の体重の下限値と体重の幅の比

こちらの方が計算が簡単で、違いも分かりやすいかもしれません。現行の柔道の階級制の方が、対抗馬の階級制よりも、階級の典型的な体重に対する体重差の比の変動が小さいように見えます。 この値の変動が小さいほど、階級ごとのハンデの格差も小さいと言えます。

終わりに

ふと疑問に思ったことから始まった記事でした。ネットで検索しても階差数列の話まではヒットしますが、定量的な議論は見つからなかったので、自分で計算してみました。

話のネタくらいにはなるでしょうか。

誤字、脱字の指摘は歓迎ですので、いろいろコメントお願いします。

*1:こう書くと"ハンデさん"が何か定義したのかな?なんて思いますが...違いますね。

*2:ここまでの式変形がめんどくさいです。 実は、衝突前の物体1の速度を \( 2v \)、物体2の速度を0として計算して、ガリレイ変換で速度 \( v \) の系に移った方が少し計算が簡単です。 (tex 記法しようとしたら、記事の下部はうまく表示されるけど、マウスオーバーではうまくいかないんですね。何か方法はないでしょうか。 MathJaxではなく、KaTex で数式を書くようにしたら、脚注でも数式のレンダリングができるようになりました。)

*3:正確にはある階級の下限値は下の階級に含まれるので、対戦することは無いかも?

*4:あれはプロットツール

*5:体重とその差を見れば、偶然ではないのは明らか